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交配種(一代雑種)と固定種の違い

農業とエコロジーを語り合っているメーリングリストに、自己紹介を兼ねて、「今どき固定種の扱い量の多い、時代遅れのタネ屋です」と初投稿したところ、思わぬ反響をいただきました。
メーリングリスト上でも話が続いていますが、直接メールをいただいた方も、何人かいらっしゃいました。
お返事を書いているうちに、この内容をそのままホームページに載せれば、野菜のタネというものへの一般の理解が、より深まるのではないか。と、思いましたので、部分的に引用させていただくことにしました。
少し長いのですが、お読みいただければ幸いです。なお、引用を快くご了承いただいた、朝倉嘉子さんに感謝申し上げます。(1999.10.26)


ふぁーみんぐのメーリングリストを読ませていただいた者です。
現在愛知県に住み、農学部の大学院に進学している学生ですが、農業の体験は浅く、今年から自分で畑を管理して(と言っても下宿をしているので月に一、二度)自家消費用野菜を作るようになったところです。
将来は土作りのできる農家になりたいと夢を描いています。(来年のことすら決まっていない状況ですが・・・。)

さて、本文の中に、取り扱っている種について
「一代雑種より固定種の取り扱いが多い」
とありましたが、この2種類の区別の仕方を教えてもらえませんか?
購入の際、よく「タキイ交配」とかあるタネは雑種なのだろうと想像できるのですが、「固定種」と言って売られている種は見た事がないので、何も書いてない種を購入するとき一体どちらなのかと気になります。
また、メーリングリストの内容を読む限りでは、昔からの固定種のほうがおいしいとあるのですが、一代雑種と固定種のよい点・悪い点について他にもあれば教えてもらいたいです。

また、固定種を東海地方で販売しているお店がありましたら教えてください。
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野口@タネ屋の三代目です。(^ ^)/
あ、農学部の院生の方でも、交配種と固定種の違いを御存じなかったですか。
僕はもともと国文なので、門前の小僧的耳学問なのですが、タネ屋の常識的な知識程度でよろしかったら…………。

At 2:02 PM +0900 1999.10.18, Yoshiko Asakura wrote:
> 「一代雑種より固定種の取り扱いが多い」
> とありましたが、この2種類の区別の仕方を教えてもらえませんか?

袋の表示しかありませんねぇ。タネを見てもわかりません。
タネの育種方法の違いです。

小カブを例にとって言いましょう。昔からある金町小カブの中から、割れが少なく平べったい形より丸形で甘味のあるものを作ろうと思い、たくさんカブのタネを蒔いて、条件の合わないものを取り除き、何世代もかけて選抜淘汰をくり返してできたのが固定種。…純系種と言い換えたほうがいいかも知れません。
うちで採種している「みやま小カブ」なんて言うのがそれ。味噌汁の実などにすると、とろけるほど柔らかく美味しいですよ。(/^^)/

一代雑種の代表を、「タキイ交配耐病ひかり蕪」としましょうか。日本の小カブと、大きくて丈夫な、外国の家畜飼料用のカブをかけ合わせてできました。(…だそうです)
小カブとしても、中カブとしても、大カブとしても使えますから、生産農家は、成育中、市場が高値になった時、いつでも出荷できます。
生育が早く、揃いが良く、葉柄の繊維がしっかりしているので、何個か重量を計って束ねても、しなるだけで折れません。機械洗いにも耐え、見栄えも抜群です。ただ、硬くてまずい。(^^)
よく漬け物で売ってますが、歯にぎしぎしあたるだけで、中々噛みきれません。(~_~)

世の中にまだ固定種のカブしか無かった昭和30年代、うちの「みやま小カブ」のタネは、農林大臣賞を何度も受賞し、日本中のタネ屋に売れてました。もちろん、市場への出荷用です。
ところが、交配種の「ひかり蕪」などが出てきてから、農林大臣賞はおろか、入賞することも、まったくなくなりました。何故でしょう?
農業試験場で行う原種審査会に立ち会ってみればわかります。
審査員は、みな大手種苗会社の生産部員。それが、「立ち毛検査」という畑での草姿の見栄え検査と、「抜き取り検査」という根部の玉割れや、肥大、揃いを見る検査、それしかしないのです。(ま、固定種の昔からそうなのですが、固定種の時代は、日本のカブの味はたいてい同じでした)
生育旺盛な交配種に対し、固定種の生育は遅く、均一でないため、見栄えでは太刀打ちできません。

審査結果が発表され、何番が自分の出品したカブか知った種苗会社の人たちは、表彰式を終えると、改めて試験圃場に戻り、賞をとった会社のカブと自分のところのカブを見比べて、新たな育種の課題を探ります。
採点したのは自分達ですから、見栄えのどこに欠点があるかすぐわかります。
うちのカブは、見るからに貧弱でした。抜いた葉の茎も弱く、ポキポキ折れていました。
そのとき、顔見知りのある会社の人が寄ってきて、僕に聞きました。
「野口さんのは、ここと何番?」同一品種を番号を変えて二ケ所に作るのです。
教えると、周りの他の会社の人たちに大声で言いました。
「野口種苗のみやま小カブは、○番と○番だってよー」
「おお、そうかそうか。貰ってって今夜のおかずにするべえ」
「まったく、言いたかないが、交配種のカブなんて、まずくて食えたもんじゃないからなあ」
そして、うちの固定種のカブだけが、きれいに持ち帰られていきましたとさ。
#これは、昭和40年代のある日、久喜の埼玉県園芸試験場で、この目で見た事実です。
#それ以来、あんまり馬鹿馬鹿しいので、父が、夢よもう一度と、原種コンクールに出品しようとしても、「出品料だけ無駄だから」と、出すのをやめてます。

> 購入の際、よく「タキイ交配」とかあるタネは雑種なのだろうと想像できるのですが、
> 「固定種」と言って売られている種は見た事がないので、何も書いてない種を購入す
> るとき一体どちらなのかと気になります。

なんとも書いて無ければ、ほとんど固定種だと思います。
一代雑種のほうが、現在の商慣行上、まず間違いなく高く売れるはずですから。
「○○交配」とか「F1」(雑種第一代の意味)表示を袋から外すことは、今の所マイナスでしかなく、考えられません。

> また、メーリングリストの内容を読む限りでは、昔からの固定種のほうがおいしいと
> あるのですが、一代雑種と固定種のよい点・悪い点について他にもあれば教えてもら
> いたいです。

タネ屋二代目で、養蚕指導員もしていたことのある父の話によると、一代雑種と言う種苗育成技術は、日本農業では、最初にカイコのタネ(卵ですね)から始まったそうです。

僕は、「この『ナントカ交配』ってどう言う意味だ。なんでこんなにタネが高いんだ」などとお客様に聞かれると、こんな卑近な例え話で答えることが多いです。

「昔から、旧家や資産家は、跡継ぎの子供に恵まれないことが多いでしょう。あれは、財産が分散するのを嫌って、親戚同士とか近親婚が多いため、植物で言うと『自家不和合性』とか『雄性不稔』とかいう現象が出て来て、遺伝子が弱って、子供ができにくくなっちゃうからなんです。
ところが、そうして弱ってきた遺伝子を、まったく違った遺伝子を持つ固体とかけ合わせると、一代目の雑種に限って、雑種強勢という現象が発生するんです。

日本列島で数千年純粋培養されてきた大和民族と、例えばゲルマン民族とが結婚すると、最初の子供だけは、みんな鰐淵晴子(古いなぁ)とか草刈正男(ゲルマンじゃないかも知れないけど)とか、体格もよく、両者のよい点ばかりが際立った混血児が生まれるんですよ。
固定種のほうは、同じ両親から生まれた兄弟でも、どっちかのお爺さんに似たのが出てきたり、けっこうバラバラでしょ? ところが一代雑種のほうは、まるで一卵性双生児のように均一で、おまけに非常に生命力の強い固体が生まれる。
で、どの品種のどの性質が欲しいか決めて、それぞれの自家採種をくり返して、発現した自家不和合性の原種同士を同一圃場に蒔いて、強制的に作った一代雑種がこの「○○交配」とか「○○F1」という品種なんです」

交配種の良い点は、まず揃いが良いこと。均一に成長するから、栽培計画が立てやすい。発芽も収穫も一斉になります。それと雑種強性のおかげで、成長が早いことや、果菜類では雌花を増加させて、収穫量を増大したりさせることもできます。
うちでも、茄子・トマト・ピーマン・西瓜・南瓜などの果菜類は、一代雑種が中心です。実の成るものは、樹勢が強くないと、長期間収穫できませんから。
あとは、特定の性質を付けやすいこと。例えば、ウィルスとか特定の病気に対する抵抗性や、ミニトマトやメロンの糖度の増加などは、一代雑種のおかげと言えるかもしれません。
(糖度の高い外国の地方品種=固定種=を見つけてきたおかげでもありますが)

交配種の悪い点は、まず第一に種苗の供給をメーカーに握られてしまうこと。
数年前マスコミでさかんに言われた『タネを制する者は、世界を制す』という問題ですね。そこから敷衍して、メーカー言いなりの価格で買わざるを得ないこと。
つまり、非常に高価で、しかも毎年買わなければならない。(もちろん、メーカーや販売店にとっては、最大の利点です)
また、メーカーが海外産地の技術不足などで、交配ミスを引き起こしたりした場合、全部似ても似つかない野菜になってしまって、産地が壊滅的な打撃を受けることもあります。
(こうしたことを防ぐため、あらかじめ種子生産後一年間試験栽培をして、試験済種子=Tested Seed=として、もっと高く売ろう。タネの寿命も短くなるから一石二鳥…というメーカーの動きもあります。これは、もしかして実現済みかも知れません)
自給用菜園で使用した場合困るのは、揃いの良さと生育の早さ(言葉を換えれば、成熟=老化=の早さ)一斉発芽、一斉収穫の問題でしょう(特に小松菜や法蓮草など、軟弱野菜で顕著)秋に蒔いて、冬中使いたいと思っても、成長も老化も早い交配種の葉物は待ってくれません。しかたなく、できた野菜を近所や親戚に配ってまわり、また蒔き直しです。
(出荷用野菜のように、一週間おきぐらいに、次々蒔ければいいのですが)
味のほうは、メーカーが味に重点を置いて開発してくれれば解決します。が、残念なことに現状はほとんど逆方向に動いております。
農家の手間がかからず(耐病虫性で生育期間が短く、揃いが良くて結束や梱包しやすく)、輸送中荷傷みしない。市場や店頭で日持ちがし、市場を支配する納入先である外食産業(ファミレスやコンビニ弁当など)で機械にかけて調理しやすく、また調理後の色が良いことなどが育種の重要条件であるため、年々消費者が買える野菜が、色や形、保存性が良くなった代わり、硬くまずくなっているのです。

ただ、最近、味を見直そうという動きも、あることはあります。例えば、人参でいうと、硬くてまずいけれど芯まで真っ赤で見栄えがし、日持ちがよい「タキイ交配向陽二号」五寸人参しか、長い間市場では受け付けてくれなかったのですが、最近は、K社のキャロットジュースに使われて、甘くておいしいと評判になった、「US交配千浜」(横浜植木種苗)なども受け付けてくれる(と言うか、産地に品種指定する)市場も出てきているようです。
(向陽二号はネズミがかじらないのに、千浜は野ネズミがかじると言って嫌がる農家もいるそうです。我々は、ネズミも喰わない野菜を食わされていたんですよ)

固定種の良い点はたった一つです。一度タネを買えば、以後自分でタネを採れること。(うーむ。困ったことだ)
後は、しいて言えば成長が不揃いで生育も遅いから、(このスピード時代にはどう見ても欠点ですが)大きく育ったものから順に長期間収穫できること。
そして、日本人が長い間かかって受け継いできた、伝統の味、旬の味覚が味わえることでしょう。
四季のはっきりした日本の和食文化、日本料理には、ビニールハウスで一年中作れる気候の変化に鈍感な交配種の野菜でなく、露地で雨や霜にあたって風雪に耐えながら旨味を蓄えた、季節ごとの旬の伝統野菜にかなう味はないようです。
前の例えの人参で言えば、在来固定種の大長人参を、冬場煮物などにした時のうまさは、五寸人参などよりずっとずっと上です。
ただ、その土地土地の風土の中で、永年伝承されてきた栽培方法とあわないと、うまく作れないことも多いです。
(長人参で当地を例にとれば、蒔き時は7月上旬の梅雨が明ける直前。これより前でも後でも、うまく発芽しません。そして、最近の異常気象続きが、わずかな蒔き芯を狂わせて困ってしまいます。もっとも、『一番困るのは、いくらうまい長人参を作っても、嫁が使ってくれず、スーパーで買ってきた、見た目のきれいな短い人参ばかり孫に喰わせたがる』ことだそうですが。(爆)
昔からの食生活を失った現代人には、もう素材の味覚なんてわからず、旬の野菜など味付けで変えられて、もうどうでもよいことなのかも知れませんね)

> また、固定種を東海地方で販売しているお店がありましたら教えてください。

東海地方のことはよく知りませんが、昔からのタネ屋さんなら、たいていその地方で長い需要のある、固定種野菜のタネを取り扱っているはずですよ。
昔からのタネ屋は、大手メーカーの有名品種(産地指定品種)の販売代理店になって、市場出荷向けに売るだけでなく、長い付き合いの農家の自給野菜用に、昔からの固定種も必ず扱っているはずです。
買う時は、蒔き時や栽培の注意点なども聞くといいでしょう。親切に教えてくれると思います。

あ、そうだ。スーパーやホームセンターに並んでいるタネは、そのほとんどが固定種です。
※[と、この時点では書きましたが、2003年現在はまったく違うようです。元々メーカーの不良在庫処分品を捨値で引き取った種ですから、メーカー在庫がF1ばかりになれば、当然F1の古種処分品になっているようです。まあ当たり前ですね。(2003.10.12補足)]
(安価であることがすべてですから、高価なタネは並んでいません。交配種が置いてあっても、ちょっと素性の知れないものが多いようです)が、こうしたところのタネは、お勧めできません。
品種が袋の表示と違っていたり、業界全体の流通在庫処分の古いタネしか使ってないからです。
野菜の種類ごとに寿命が違うタネを、「有効期間一年間」と一律に表示し、依託販売で売れた分の代金だけ回収し、売れ残ったタネは寿命にかかわらず、ハサミを入れて捨ててゆくのがその証拠です。


[ひとりごと&御礼]
名大の朝倉さんからいただいたDMのおかげで、昔からの固定種のタネと、今の交配種(一代雑種)の違いを、
自分なりに整理して書いてみることができました。感謝申し上げます。
業界人には常識なのに、外部の人には(農学部で学んでいる人でさえ)こんなにわからないことだったとは、
正直、目からウロコが落ちました。この経験を忘れず、今後のページを作ってゆきたいと思っております。
上のメールの後、朝倉さんからいただいたお返事の一部を下に引用します。
==========以下引用==========
はい、詳しいことは何もしりません。
農学部の学生なので、育種学の講議で聞いている(雑種強勢で優秀な品種が得られるとか聞きました。)ので、基本的なことは知識として知っています。
が、昔からある品種より現在の品種のほうが優れていることばかりだと思っていたので野口さんのメイルを読んでとても驚きました。
よい点、悪い点、そして裏(??)事情がとてもわかりやすくまとめてあって勉強になりました。ありがとうございました
==========引用終り==========
「知るを知る。知らざるを知らずと言う。これ知る也」ですね。大切な言葉を思い出させていただきました。
こちらこそ、大変ありがとうございました。


〒357-0038 埼玉県飯能市仲町8-16 野口のタネ/野口種苗研究所 野口 勲
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