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交配種(F1)野菜とは何だ?【2】

2.F1野菜種子の作り方を、「除雄(じょゆう)」をキーワードに見てみよう。

(1)ナス科野菜の交配種の作り方(除雄)

 日本で(というより世界で)一番最初に作られたF1野菜はナスでした。
 雑種強勢は、親同士の系統が離れているほど効果が現れますから、埼玉県農事試験場の柿崎洋一という人が、日本中から集めた変わったナスを、埼玉の真黒(しんくろ)ナスとかけ合わせ、1924年、巾着ナスをかけた「埼交茄」と、白ナスをかけた「玉交茄」の二種類を発表しました。この二つのF1ナスが、雑種強勢で草勢強く、丈夫で収量も多かったことから、柿崎氏は栽培農家に「ナス博士」と呼ばれて尊敬され、以後日本中の農業試験場で、さまざまなナス科野菜の一代雑種作りが試みられるようになりました。

 ナス科の野菜は、1個の果実の中に入るタネの数が多いので、毎年の交配作業に人件費をかけても(採種農家から固定種より割高に買い上げても)採算がとりやすいため、種苗業界にすぐに広まりました。母親と父親の組合せさえわかれば、親自体は当時普通に出回っていた在来の固定種です。形質が固定された優良な両親を維持し続ければ、毎年同じ一代雑種のタネを採種して、販売することができます。そして、もちろん現在は、一代雑種の親を選ぶための在来種探しは、地球上のすべての地域に及び、種苗会社の技術部の温室は、まるで世界のナスやトマトの植物園のようになっています。

 実際の採種手順は、次のようになります。まず、種苗会社の生産部員が、契約している採種農家を束ねている人に、母親と父親になるナス科野菜のタネを渡します。(ちょうどトマトの除雄作業の写真=下参照=が手元にありましたので、以後は同じナス科作物のトマトを例にとりましょう)

 タネを託された人(採種ブローカーとか現地採種組合の役員)は、託された母親と父親のトマトのタネを、個々の採種農家に割り当て、母親と父親を間違えないように念押しして、通常のトマト栽培をしてもらいます。ただ、母親の花が咲いた時、父親の花が咲いていないと、花粉交配ができませんから、父親のほうを数日先にまいてもらうようにします。また父親の株数は、母親の株数の20%程度でいいと言われています。
 また、栽培し、交配している過程では、採種農家には、「自分が採っている種が、種苗会社のカタログの何というF1トマトなのか」ほとんど分りません。というより、分っては困るので、種苗会社では、まとめ役の人に両親の種を渡す段階から、それぞれの記号しか知らせていないのです。

 さて、どんなトマトの子が生まれるかわからないが、採種農家の畑に植えられた母親と父親の二種類のトマトは、葉を伸ばし、花房に蕾を付け、交配時期を迎えます。母親株が開花する二、三日前、蕾が膨らみ、少し黄色く色づいてきたら、小さなトマトの花の蕾を開き、先の尖った細いピンセットで、雌しべに密着している6〜8本の雄しべを、すべて抜き取ります。この時、雌しべに傷をつけないよう、細心の注意を払います。これを畑の母親株全部で、毎日毎日、二か月間近くくり返すわけですから、交配作業の大部分の労力は、この除雄作業に費やされていると言えます。

 除雄は毎日必ず行い、たとえ雨で交配作業ができない日でも、除雄だけは行っておくこととされています。雌しべの受精能力は、4〜8日間もあるので、やがて晴れた時、一斉に交配(受粉)作業ができるからです。もし除雄適期に遅れると、母親トマトが蕾の中で自家受粉してしまうこともあります。こんな種が販売F1種子に混じると大変なので、除雄しそこなった花は、すべて取り除いて、実を付けないようにします。

 
トマトの除雄(じょゆう)作業。蕾を開き、極細のピンセットで、雄しべを全て抜き取る。

 除雄しておいた蕾が開花したら、父親トマトの株の花を揺すり、小さな容器に花粉を集めます。集めた花粉を、母親トマトの雌しべの柱頭に右手の小指の先でなすり付けて受粉させてやれば、この花の交配は終了です。交配後は、終了した目印に、周囲のがくを2枚、小鋏で切り取っておきます。もし交配作業の途中で、除雄もれや除雄不完全な花を見つけたら、見つけ次第小鋏で除去するのを忘れてはなりません。

 交配したトマトが完熟したら、目印を確認してもぎ取り、横二つ割りにして、種をプラスチックの桶に果汁ごと絞り出します。桶で一晩発酵させ、翌朝棒でよくかき回し、沈んだ種だけ取り出します。よく水洗いし、新聞紙に薄く広げ、晴天の太陽に二日干して完成です。1個のトマトから、おおよそ200粒ぐらいのトマト種子が採れます。

 まとめ役の人が品種(記号ですが)ごとに重量を量ってまとめ、種苗会社に送ります。以上は、3,40年ほど前の、国内採種の状況を元に記していますので、海外採種がほとんどになった現在は、多少状況が違うかも知れません。(交配も、異なる2品種間から、三元交配、四元交配なども普通になってきているようですが、こうした点に関しては知識が乏しいので、別の機会に譲ります)


[ひとりごと]
販売用F1種作りの中で、最も簡単と言われるナス科作物の例ですが、除雄が、いかに面倒で細かい作業か
多少はお分りいただけたかと思います。こんなことを毎年毎年くり返さないと、種が採れないんですね。
日本の種苗会社のホームページで、こうした作業に触れている記事は見つかりませんでしたが、海外に、
トマトの除雄の仕方を写真で説明しているページがありました。非常に分りやすいので、ご参考まで。 
最初のF1ナスが、真黒ナスに白ナスや巾着ナスをかけ合わせたものだったように、以後の交配種もすべて
昔の伝統野菜に、まったく違ったものをかけ合わせて誕生しています。当然、肉質も味も、昔とは異なる
野菜になっています。「伝統の味」の復活を、F1野菜でやろうとするのは、根本が間違っているのです。
(2003.10.11)


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