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「野菜の種、いまむかし」

第四回「ダイコンの話」

掲載誌『野菜だより』2008/新春号/P94,95
2008.12.16/学習研究社刊 \920.(税込)

 ダイコンは、小さなハツカダイコン(ラディッシュ)と同じ野菜ですが、欧米の種苗会社のカタログでも「Daikon」と表記されているぐらい日本で独自に進化した、日本を代表する野菜です。
 原産地の地中海沿岸は、古代から除草すらしない粗放的農業地帯だったそうです。現代で言う不耕起自然農法の時代が長かったのと、根菜を重視しないカトリック社会が長く続いた結果、欧米のハツカダイコンは、紀元前2700年のピラミッドの碑文に記録された時代から今まで、ほとんど大きさが変わらなかったのでしょう。
 中国南部を経由して比較的大柄のダイコンが日本に渡来したのは弥生時代のようです。
 まだ文字が無い時代に入って来たダイコンは、大和言葉で「オオネ」と呼ばれて日本に土着しました。古事記の中で、五世紀の仁徳天皇に皇后の腕の白さになぞらえて歌われたダイコンは、奈良時代の762年にはひと束が米一升と等価だったという高級野菜でした。
 オオネに「大根」の字を当てたのは平安時代の「和名抄」(922〜930年)ですが、これ以前から上流階級の嗜好にあわせて様々な品種改良が進められていたのでしょう。
 時代が下って江戸時代の『農業全書』(宮崎安貞・1696年)には「その種子色々多しといへども尾張、山城、京、大阪にて作る勝れたるたねを求めて植ゆべし」とありますから、中部や近畿では既に品種として固定された種子が流通していたのでしょう。
 中でも尾張のダイコン種子の評価が高く、青首ダイコンの「宮重」は、京都に渡って丸い「聖護院大根」に変わったり、江戸で「練馬大根」になったと言われています。
 最近の江戸野菜の本はどれも練馬の元は宮重と書いてありますが、江戸では青首を嫌ってきた歴史が長いので、同じ尾張ダイコンでも白首で葉の形も似ている「方領大根」と練馬の在来品種との交雑だろうという説もあることを付記しておきます。
 江戸で好評を博した練馬大根は、参勤交代の武士に国元に持ち帰られたり、江戸で発生した種屋から行商人によって全国に販売されたりしました。
 種屋の誕生は全国の地方品種の流通も促します。他国に買われたダイコンの種子は、土地土地の気候風土に合わせて変化したり、もともと地域にあった地大根と交雑したりして、200種類以上と言われる日本のダイコン品種群が誕生しました。
 現在鹿児島のデパートで1個8000円で売られているという、直径30cm、重さ30kg以上にもなる巨大な「桜島大根」や、直径3cmと細くて根が1.8mにも伸びる「守口大根」なども江戸時代に生まれた、世界に誇る貴重なダイコンです。
 明治以後も練馬大根から「大蔵大根」や「三浦大根」が生まれるなど、地方の篤農家によって特徴あるダイコンが次々に誕生し、種苗会社によって全国に広まっていきました。これら固定種のダイコンはウイルス抵抗性が強かったり、貯蔵性が高かったり、郷土料理に適した味が賞味されたりして多彩で百花繚乱でした。
 それを一挙に変えてしまったのが、1974年に発表されたF1青首ダイコンの「耐病総太り」です。
 耐病総太りは、それまでの青首ダイコンを大きく変えるものでした。病気が多発している畑から選抜した、耐病性が強くス入りが遅い「宮重長太大根(青首)」と、暑さに強い「黒葉みの早生大根(白首)」との雑種をまず固定し、これに、根の止りが良い「宮重総太大根(青首)」と、また別のダイコンとの雑種を固定したものをかけ合わせた四元交配種でした。四元交配というのは4品種の特徴をひとつにしたということです。
 親品種が4つあるということは、遺伝子が多様性を持っているということで、形が揃いにくく均一性に欠けるという欠点にもつながるのですが、雑種である両親の生命力が旺盛で、販売用種子が大量に採れるという経営上の利点もあります。
 こうして販売開始された耐病総太りは、全国で喜んで迎えられました。固定種の硬くて辛い(煮ると甘くなる)ダイコンと違って、甘く柔らかくみずみずしく、通常3ヵ月かかって大きくなるのに、2ヵ月で成長しました。

 おまけに、耐病総太りは、なんといつまで畑に置いてもスが入らずに成長し続けたのです。それまでのダイコンは、収穫適期を逃すとス入りという根の中に空洞ができる症状が出て、商品価値が無くなってしまうので、適期に抜いて干して漬物にしないと保存できなかったのです。
 甘くてス入りしない耐病総太りは、あっという間に全国のダイコンをF1青首ダイコン一色に塗り替えてしまいました。
 それは、かつて「青首は、漬けた時黒ずんで汚い。沢庵は肌が均一できれいな白首に限る」と言っていた江戸っ子まで巻き込んで、練馬大根さえ市場から消し去ってしまいました。
 その後、耐病総太りの揃いの悪さは、箱に合わず出荷できないダイコンも多いということで産地から嫌われ、市場に出回るのは他ののF1青首ダイコンばかりになりましたが、家庭菜園を中心に今も作り続けられています。

 在来地ダイコンの中で、育種素材として最近種苗会社の注目を集めているのが、小瀬菜大根という宮城の葉ダイコンです。根は小さくて硬く、食べてもおいしくないのですが、1mにも伸びる葉が漬物にして東北の冬の保存食に使われてきました。この小さくて硬い根が、ダイコンやカブ、ナッパの大敵である根こぶ病菌を取り込んで殺してしまうのだそうで、ハクサイなどを栽培する前二ヶ月ぐらいの間栽培して株ごと畑に敷き込むと、根こぶ病菌がいなくなるというので「おとり(囮)葉大根」の名で売っている種苗会社もあります。ただ、育種素材として注目されているのは、それだけではありません。小瀬菜大根は、雄性不稔株が出る確率がアブラナ科野菜の中で一番高いのです。前号の「タマネギの話」の中で触れましたからここでは端折りますが、雄性不稔という人間でいえば男性原因による不妊症個体は、自家不和合性利用というそれまでのF1作成技術(耐病総太りもこれで作られていました)に代わって、最も効率的にF1種子を生み出す素材なのです。
 小瀬菜大根で見つかった雄性不稔因子は、現在ではダイコンはもとより、キャベツ、ハクサイ、カブなど様々なF1野菜に取り込まれて、母親株として使われています。[2008/11/20記]


追記
掲載誌『野菜だより』のバックナンバーが入手できないという声をいただいたので、ここに再録します。
現在書店で入手できる号は掲載しませんので、お近くの書店にてお買い求めください。
(2009.3.25)

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