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野口 勲「ミツバチは、なぜ巣を見捨てたか?」

以下は船井メディア発行の月刊誌『ザ・フナイ』2012年7月号に依頼された原稿用紙30枚分のTEXT全文です。
直近で『船井メールクラブ』にも書いたので、「なるべくオカルトっぽくならないよう」気を付けました。(笑)


  『ザ・フナイ』2009年1月号に「一粒のタネからのメッセージ」と題して野菜の品種改良の歴史を綴った際、
「無精子症というミトコンドリア異常の野菜ばかり食べていて、人間に異常は起きないのだろうかと思うが、誰も検証していないので、このへんは不問にしておく」
 と、書きました。アメリカで起こったセイヨウミツバチ(以下単にミツバチ)の蜂群崩壊症候群(CCD)を知った時から持っていた疑問ですが、今回はこの問題を(英語力がないため)日本語情報だけをもとに、私なりに立てた仮説として書いてみます。まずはじめに、生命の根幹ともいうべきミトコンドリアについての基礎知識です。
 細胞内の小器官(オルガネラ)であるミトコンドリアについては、最近「ミトコンドリア健康法」といった類いの本が多く出版されるようになったので、おおよその理解をお持ちの方もいらっしゃると思います。
 念のため、「ミトコンドリア健康法」の類書が言うところを列記すると、
1 人間の約60兆の細胞一つ一つに千〜数千ずつのミトコンドリアがある。体内の総数は京という桁になり、全体重の約十分の一を占める。
2 呼吸で取り込んだ酸素や、食べ物から摂取した栄養素から、細胞活動に必要なエネルギーであるATP(アデノシン三燐酸)を常に生産している。いわば細胞内の発電所である。
3 時に活性酸素を生成し、体外からの異物を攻撃したり、免疫機能などの代謝をつかさどる。癌化したりして悪影響をもたらす細胞に自死(アポトーシス)をもたらし、人間が持続的に生存できるよう体内環境を整える。
3 反面、老化して機能が衰えると、活性酸素を必要以上に生成し、細胞にダメージを与えたり、癌が転移する原因となる。
4 ミトコンドリアは、細胞の核の中のDNAとは別のDNAを持つ。このDNAでミトコンドリア自身を分裂生成したり、傷付いたミトコンドリアと癒合して治したりしている。
5 元来は好気性の別の細菌(バクテリア)で、海中を浮遊していた十数億年前に、嫌気性の古細菌と出会い、細胞内に取り込まれ、共生するようになった。
6 元の嫌気性単細胞生物の古細菌に酸素エネルギーを供給して酸素が増えた大気中で生存することができるようにするとともに、古細菌の中で分裂増殖し、単細胞生物を多細胞生物に進化させた。結果、現在の動物や植物など、酸素呼吸する多細胞真核生物すべてが誕生する源となった。
7 ミトコンドリアが健康な細胞は、どれも健康である。健康なミトコンドリアを細胞内に増やすことが人間に長寿をもたらす。
 と、いったところでしょうか。こうした理由により、有酸素運動をして細胞内のミトコンドリアを増加したり、食事制限で意図的に飢えを疑似体験することでミトコンドリアを活性化するといったことが「ミトコンドリア健康法」の主旨のようです。
 ミトコンドリアを健康に保つことが、個人に長寿をもたらすというのはその通りでしょう。しかし、生きているからだを作るのは。毎日食べている食べ物です。ミトコンドリアが傷付いて変異し、異常になった生命を食べていて、人間が異常になることはないのでしょうか。
「ミトコンドリア健康法」の中にも、「ミトコンドリアは母系遺伝する」と、書いてある本があります。その通り、私たち人間が持っている数京のミトコンドリアは、そのすべてを母親だけから受け継いでいます。父親のミトコンドリアは、精子が運動するエネルギー源として、精子のしっぽの付け根に、百個ほどあります。そして、そのミトコンドリアは、どれも父親のDNAを持っています。しかし精子のミトコンドリアは、受精直後に卵子の中で分解されてしまい、父親のミトコンドリアDNAは、子供には誰にも受け継がれません。人間だけでなく、動物も植物も、性を持つすべての高等生物は、母親から祖母、曾祖母と遡る母系からだけ、体内すべてのミトコンドリアとそのDNAを受け継いでいます。
 なぜ精子のミトコンドリアは受精後に卵子の中で分解されてしまうのでしょう。2011年10月、受精卵の2〜8分割期に、卵細胞内の自食作用(オートファジー)で分解されてしまう仕組みを解明した群馬大学生体調節研究所の佐藤教授夫妻は、「卵子にたどり着く頃には疲弊して機能が低下し、有害なものとみなされるから」という説を唱えています。疲弊したミトコンドリアDNAが子供に遺伝すると、健康な子孫が誕生しないからということでしょうが、まだ定説はありません。結果として卵子の中に約10万個あるという母親のミトコンドリアだけが子供に受け継がれ、体内で数京にまで分裂増殖して、個人のすべての生命活動のエネルギーを生み続けています。
 健康なミトコンドリアが変異し、異常になると、どんなことが起こるのでしょう。若年性糖尿病患者はミトコンドリア異常によって起こります。てんかん症や心筋症もミトコンドリアDNAの欠損で起こると言われています。これらのミトコンドリア病は、もちろん母系遺伝による遺伝病です。
 ミトコンドリア異常が起こす疾患の一つに、無精子症があります。2006年10月3日の読売新聞に「男性不妊 ミトコンドリア変異が一因」という記事が載りました。「筑波大学大学院生命環境科学研究科の中田和人助教授(現在は教授)らが、ミトコンドリアDNAの変異が無精子症を引き起こすことを突き止めた」という記事です。
「ミトコンドリアの遺伝情報(DNA)に変異を持つマウスを実験で再現したところ、精子の数や運動能力が減り、重度の男性不妊になることを確認した。人間でも同様の仕組みがあるとみられる」と書いてあります。
 仮に精子を人間大に拡大すると、睾丸で誕生した精子が、女性の膣の中の卵子に辿り着くまで、約100kmを全力で疾走するほどのエネルギーを消費するそうです。精子のしっぽの付け根にある約百個のミトコンドリアが、これだけのエネルギーを提供するわけですが、ミトコンドリアが異常だと、精子の数も運動能力も失われて、無精子症と言われるレベルになってしまうというわけです。(2009年1月に放映されたNHKスペシャル「女と男」の第三回「男が消える?人類も消える?」によると、1940年代に精液1cc中に1億5000万いた精子が、70年後の現代では4000万が平均値で、なお年々減り続けているそうです。ちなみに2000万以下が無精子症と言われるレベルだそうです)
 タネ屋に生まれ、野菜のタネの品種改良技術の歴史を調べていた私は、読売新聞の記事を見て、野菜のF1技術に連想が働きました。
「植物のF1作りに使われる雄性不稔も、動物の男性不妊と同じようにミトコンドリアの変異で起こっているのだろう」と気付かされたのです。
 私の店は、「固定種」または「在来種」という、栽培した野菜からタネを採ると、親と同じ野菜のタネが採れる、大昔から代々受け継がれてきたタネを専門に販売しています。F1という最近の品種改良されたタネで作った野菜が昔よりまずくなり、毎年新しいタネを買い続けないと同じ野菜を収穫できなくなったことに不安を感じ、タネの生命力が未来に受け継がれていく固定種の大切さに気付いたからです。社会に固定種の大切さを訴えるためには、現在主流であるF1種がどのような人為的操作で作られているか知ってもらう必要があります。こうして、それまで自分が知ったことを店のホームページに「F1とは何か?」というタイトルで連載し始めていました。
 F1(First filial generation)というのは、「一代雑種」という正式名称の通り、一代限りの雑種(英語ではハイブリッド)です。雑種の一代目にはメンデルの優性の法則が働き、両親の対立遺伝子の一方、優性形質だけが現れるため、F1のタネで栽培した野菜は、一見して形や大きさが同じように揃い、一斉に収穫できます。(明治以来この雑種の一代目に現れる形質を「優性」、隠れて出ない形質を「劣性」と訳してきたのですが、それぞれ別に一方より優れているわけでも劣っているわけでもないので、遺伝学会では最近、現れる方を「顕性」、隠れる方を「不顕性」と言い換えようという動きが起こっています)
 また、両親の系統が遠く離れた雑種には、「雑種強勢」という力が働いて、両親のどちらよりも大きく育ったり、成長が早まったり、収穫量が多くなったりします。野菜の形が均一になり、収量が増大するのは、生産者や流通業者にとって大きな利点なので、市場に出回る野菜は、今ではほとんどF1ばかりになりました。反面、生育が早まって一斉収穫できるということは、タネを播いて長く収穫し続けたい自給菜園にとっては困ったことです。成長が早まると、細胞の密度が粗くなり、野菜から味がなくなるという弊害も見逃せません。日本中の野菜が画一化し、特徴ある地方品種が消えつつあることも問題です。そのため私の店は「家庭菜園のタネの店」と銘打って、自分でタネ採りできる固定種のタネだけを販売しながら、F1のタネとどう違うのか、F1種とはいったい何なのか解説しているというわけです。
 F1とは一代限りの雑種ですから、毎年雌しべに違う品種の花粉を付けて受精させ、一年限りの雑種のタネを生み続けなければなりません。雌しべが成熟する前に、小さな蕾を開いて、邪魔な自分の雄しべを抜き取る「除雄」が一般的な雑種作りの方法でした。それを一変させたのが、アメリカで発見された「雄性不稔株の利用技術」です。「雄性不稔」というのは、動物に当てはめると「男性不妊」つまり無精子症です。生殖器官である花の中に雄しべがなかったり、雄しべがあっても花粉の袋の葯がなかったり、葯があっても花粉が入っていなかったりする、花粉を持たない突然変異株を利用する技術です。最初から花粉がなければ、人間の手で雄しべを引き抜く面倒が省けて便利だ。と、いうわけです。この雄性不稔株という突然変異株がなぜ誕生するのか、どうやってそれを増殖させるのか、『細胞質雄性不稔と育種技術』(CMCテクニカルライブラリー)という本を買って読んだのですが、文科系大学中退の私には難しすぎてさっぱり理解できませんでした。新聞で動物の無精子症がミトコンドリアDNAの変異で起こることを知り、瀬名秀明・太田成男共著『ミトコンドリアと生きる』(角川書店)などで、母系遺伝を知って、やっと植物の雄性不稔利用技術の仕組みが理解できるようになりました。それは、生命の根幹を変える技術でした。
 動物の場合、オスとメスは別々の個体ですから、無精子症のオスは、メスに子供を産ませることができません。従って無精子症は子供に遺伝しません。しかし大多数の植物は、雌雄同体です。花粉がないという「男性機能」に異常を持った植物も、雌しべが正常なら、他の個体の花粉で子供を作れます。しかし、他の健全な花粉で生まれたその子供は、花粉を作れないというミトコンドリアDNAの異常を持った母親のミトコンドリアしか受け継げないため、生まれたすべての子が雄性不稔になってしまうのです。そして雄性不稔を引き起こす変異したミトコンドリアDNAは、母から子、そして孫、曾孫と、無限に増殖していきます。
では、ミトコンドリアのDNAがどのように傷付くと雄性不稔になるのでしょう。アメリカではトウモロコシの研究が進んでいますが、ミトコンドリアの膜にあるタンパク質の一つが異常になると、膜機能に何らかの障害を引き起こすため、花粉の形成ができなくなると考えられました。(鈴木正彦『植物バイオの魔法』講談社ブルーバックス1990)これだけではよくわかりませんが、2007年に東北大学農学部環境適応生物工学研究室の鳥山欽哉教授の研究によると、ミトコンドリアDNAの中の機能不明の遺伝子ORF11が作るタンパク質が増加して、ミトコンドリアの内膜に蓄積するとクリステ膜構造に異変が起こって雄性不稔が発現し、可稔をもたらす系統と交配すると、核のDNAの遺伝子Rf1がミトコンドリアの機能不明の遺伝子RMSの発現を減少させて稔性が回復し、花粉が出るようになるのだそうです。あまりよくわからないまま意訳すると、ミトコンドリアDNAの一部が壊れると、ミトコンドリアがATPを生み出す内部の膜が変異して無精子症になり、交配によって核DNAの一部がミトコンドリアDNAの別の部分を抑えると(一時的に)精子が復活するということのようです。「本研究はハイブリッドライスの育種に貢献するものである」と、まとめられています。つまり、イネは、受精した種もみを収穫しますから、花粉が出ないままだと米が収穫できません。花粉が出るように操作した購入したF1の種もみだけが一時的に多くの米を実らせ、その収穫した米を、翌年の種もみとして使用すると、元のミトコンドリアDNAの異常が復活して、花粉が出ないから米が収穫できない。多収穫を求めるなら、ハイブリッドライスというF1米の種もみを、毎年買い続けるしかないというわけです。
 1925年にカリフォルニアのタマネギで発見され、1940代から販売開始された雄性不稔F1のタネは、タマネギからトウモロコシ、ニンジン、テンサイと広がり、今や品種改良技術のグローバル・スタンダードとなって、全世界に広がっています。いま遺伝子組み換え作物の脅威が叫ばれていますが、遺伝子組み換え植物は、家畜の飼料やワタなど、まだ人間の食料以外の作物が多いのですが、遺伝子組み換えの話題の陰で、ミトコンドリア異常の野菜や食糧が、凄い勢いで広がっていることは、誰も問題にしていません。
 遺伝子組み換え植物が健康に悪いという証明がまだされていないのと同様に、ミトコンドリア異常の植物が、人間の健康に悪影響をおよぼすという証拠も、どこにもありません。遺伝子組み換えトウモロコシの花粉を大量に食べさせられたチョウが一時問題になったように、もし何か動物に悪影響が出るとしたら、それはまず昆虫に現れるでしょう。私には2007年に全米で起こったミツバチの大量失踪事件が、そのさきがけに思えてしかたありません。以下後半は、日本で得ることができる僅かな情報を元に、タネ屋だから気付いた、私なりの「ミツバチ失踪仮説」を述べさせていただきます。
 2007年2月27日、時事通信が「ミツバチが突然消えるイナイイナイ病」という記事を配信しました。
「全米で巣からミツバチがある日突然いなくなるという現象が発生しているという。前日まで大量にいたミツバチがある日突然、女王蜂と数匹のハチを残して忽然と消えてしまうそうだ。
 何らかの病気にかかって巣の外で大量死したのではないかと見られているが、巣の周りに大量のミツバチの死骸があるわけでもなく、未だはっきりした原因はわかっていないという。この現象、イナイナイ病(disappearing-disappearing illness)と呼ばれているそうで、1960年代にも同様の現象が起こったことがあるらしい」
 この記事は、やがて世界を駆けめぐるミツバチのニュースのさきがけとなりました。
 一か月半後の4月13日、時事通信は「世界からミツバチが消えた日」のタイトルで、「毎日新聞の報道によれば、蜂群崩壊症候群(以下CCD=Colony Collapse Disorder)と命名されたようだ」と、次のように続報しました。、
「イナイイナイ病のほうが直感的な名前だと思うが、消失に季節的な要因が見られないこと、一般的な意味で病気ではないだろうと見られることから、名称が変更された。本来帰巣能力が高いミツバチが、巣箱に戻らず姿を消し、群れの縮小が崩壊と言われるほど急なことが命名の理由のようだ」とある。引用された毎日新聞の「《ミツバチ》米国で大量失踪 農作物にも影響」という記事では「養蜂業者が飼育するミツバチが巣箱から大量失踪する原因不明の現象が北米に広がっている。全米50州中の27州とカナダの一部で報告され、管理するハチ群の九割を失った業者もいる」と報道し、以下の文章が続いている。
「昆虫学者によると、米国では約100種の植物がミツバチによる受粉に頼っている。農作物ではアルファルファ、リンゴ、アーモンド、かんきつ類やタマネギ、ニンジンなど。米国のミツバチ群は02年で約2百40万(議会調査局調べ)」
 2010年9月発行の集英社『kotoba』創刊号に、「福岡伸一、ミツバチ最前線を行く」という記事が掲載されましたが、対談相手の玉川大学ミツバチ科学研究センターの吉田忠晴教授は、福岡氏の質問に答えて、「日本では、CCDのような大規模な変化は起きていない」と語り、
「アメリカでは2006年冬からと2007年冬からの2年連続でCCDが発生し、それぞれ全米に240万群もいるミツバチの3割以上が失われました」と言っています。2年続けて「冬から春にかけての季節に」80万以上の巣箱から働きバチが消えてしまったというのですから、これは大事件です。また2010年のこのインタビューで、2008年以後については言及していませんから、アメリカでCCDが起こったのは06、07の二年間だけで、それ以後は発生していないようです。これはいったいどういうことでしょう。
 また(時事通信の続報では「季節的な要因が見られない」と書かれながら)CCDが二年続けて起こったという「冬から春」という季節は、ミツバチ社会にとって、何か特別の意味がある季節なのでしょうか。ここでミツバチ社会の冬〜春に何が起こっているか見てみましょう。
 冬は、周囲に花が咲いていない、ミツバチが活動できない季節です。春から夏まで巣箱の中でのらくら過ごしてきた雄バチは、秋になると全員巣箱から追い出され、餓死してしまいます。ですから、秋から冬の巣箱は、女王バチと働きバチという、メスのハチだけのコロニーになります。10月になると働きバチはあまり外に出なくなり、巣にこもって溜めた蜜を消費して過ごします。冬の厳寒期には女王バチも産卵を停止して春を待ちます。
 2月、早春の花が咲き出すと働きバチは蜜を集める活動を始め、女王バチにローヤルゼリーを口移しで与えて産卵を促します。ローヤルゼリーの刺激で卵管が開いた女王バチは、再び産卵を開始します。女王バチが有精卵を産むとメスのハチが生まれ、ほとんどは働きバチになりますが、王台に産みつけられた有精卵から孵化した幼虫は、ローヤルゼリーを与えられて新しい女王バチになります。王台よりも小さく、働きバチの幼虫の部屋より大きめの部屋には無精卵が産みつけられ、この無精卵から孵化するのが雄バチです。ミツバチの雄バチには父親がおらず、ミトコンドリアDNAばかりでなく、細胞核のDNAも母親である女王バチのものだけ。染色体も女王バチから受け継いだ一組しかありません。
 産みつけられた卵は2、3日で孵化し、孵化した幼虫は平均6日で蛹になりますが、孵化から蛹までの日数は、女王バチも働きバチも雄バチも変わりありません。蛹から羽化するまでの日数には差があり、女王バチで約7日(産卵日から16日後)、働きバチで12日(同21日後)、雄バチが一番長くて14日半(同24日後)だそうです。(データは米国モース1972/越中矢佳子『ミツバチは本当に消えたか?』より)
 新しい女王バチが交尾のために飛び立つのは羽化して8、9日後、雄バチも羽化後二週間前後で交尾のため巣を飛び立つそうです。(立風書房『みつばち』中の「ミツバチの配偶行動』吉田忠晴より)近隣のコロニーの雄バチが空中に集まっているところに新女王バチが飛んでいき、10匹前後の雄バチと空中で交尾します。交尾に成功した雄バチは直後に死んでしまい、交尾できなかった雄バチは元の巣箱に帰って、働きバチに養われながら次の機会を待ちます。交尾して複数の雄バチの精液を溜め込んだ新女王バチは、生まれた巣箱に戻って、前の女王バチが巣分かれして飛び去った後の巣箱を受け継ぎます。
 なんとも不思議な生態ですが、「冬から春にかけての季節」とは、女王バチと働きバチしかいない女性ばかりの社会に春が来て、雄バチが誕生した瞬間なのではないでしょうか。誕生した雄バチに何らかの異常を発見し、驚いた働きバチたちが女王バチと雄バチを見限って、飛び去っていってしまったのではないか。と、いうのが私の仮説です。
 アメリカで最初に見つかったタマネギやニンジンなど、花粉の出ない雄性不稔株に、健康な別品種の花粉を付けるのために働かされているのが、大量のミツバチたちです。
 アメリカの採種農家の採種畑は広大です。手元に明治44年刊の『農業世界』という雑誌がありますが、そのグラビアページに「在米日本人経営の大種子園」という写真が載っています。日本人の藤本氏が所有するタマネギの採種農場の写真ですが、地平線まで続く475エーカー(約200ヘクタール)という広さに圧倒されます。何という種苗会社に採種をを委託されていたのかわかりませんが、まだ固定種が多かった1960年のFAO(国連食糧農業機構)の統計では、全世界のタマネギのタネの1ヘクタール当りの平均収穫量は、3〜400キログラムといいますから、明治時代にアメリカに渡った日本人移民の藤本氏は、年間60トンものタマネギのタネを生産していたのでしょう。(当時は固定種ですから、自然界に普通にいるハチやアブなどが蜜を集めながら受粉していました)その後、藤本氏とその家族は、たぶん第二次大戦中に土地を没収され、移民キャンプに収容されてしまったでしょうが、戦後まで農場を維持していて、もしF1時代になっても採種農家を継続していたとするとどう変わっていたでしょう。F1タマネギの採種には、雄性不稔で花粉の出ない母親株(タネ親)3列に対し、花粉の出る異品種の父親(花粉親)1列が必要ということですから、固定種時代と同じ60トンのタネ採りを契約し納品するためには、単純計算でも25%畑を広げないといけません。しかも雄性不稔株は外観が貧弱で、花の大きさも半分以下しかない上、たまに核のDNAが信号を送り、ミトコンドリアDNAの異常を治してしまって、花粉が出るようになってしまう株もあるそうですから、それを見つけだして引き抜かなくてはなりません。それらを考えあわせると、F1タマネギのタネを60トン収穫するには、およそ500ヘクタールもの畑が必要になります。これで1ヘクタール当り120キログラムです。ちなみにF1時代が進行中の1975年のアメリカ農務省の統計では、タマネギ採種のためのアメリカ全土の作付面積は3578ヘクタールで、全採種量が約440トンとなっています。1ヘクタール当り平均123キログラムのタネが収穫できたという計算です。
 では藤本氏の500ヘクタールのF1タマネギの採種畑に、効率よく交配させるためのミツバチの巣箱は何箱必要でしょう。果樹の場合、巣箱は1ヘクタールに1〜2箱だそうですが、タマネギやニンジン、ラディッシュなど野菜の採種畑では、花の密度が高いため10アール当りで1〜2箱必要ということです。100アールが一ヘクタールですから、1ヘクタール当りでは10〜20箱になり、500ヘクタールでは5千箱から1万箱必要になります。一つの巣箱には2万〜5万匹のミツバチがいるそうですから、一軒の採種農家の畑には、開花期には1億〜5億匹のミツバチが群れ飛んで、花粉の出ない雄性不稔株に、異品種の花粉を運んで、雑種のタネを結ばせるために交配していることになります。もちろん彼女ら働きバチたちは、交配のために働いているのではありません。花粉の出る株の花粉を集め、花粉の出ない株からは蜜を集めて、一群数万の仲間の食糧を確保し、幼虫や女王バチや雄バチを育てているのです。1975年の全米のタマネギ採種畑では、3万5千〜7万群のミツバチが働いていたでしょう。同じ年のニンジンの採種畑は4814ヘクタールですから、ここにも4万8千〜9万6千箱の巣箱が、養蜂業者の手で運ばれていたことになります。タマネギもニンジンも、開花期は同じ初夏ですから、両方のミツバチは重複していません。すると1975年の6、7月には、全米で8万3千〜16万6千群のミツバチが、花粉の出ないミトコンドリア異常の蜜を集めて暮らしていたことになります。この頃全米でどのくらいの数のミツバチが飼われていたかわかりませんが、タマネギ、ニンジンという雄性不稔Fi普及の初期の時代だけでも、交配に使われていたミツバチの割合は、決して少ない数ではないことがわかります。
 
 ここで最初に報じた時事通信の記事を思い出して下さい。「1960年代にも同様の現象が起こったことがあるらしい」とあるのは、養蜂業者の言い伝えでしょう。1940年代から生産が開始されたF1タマネギにより、雄性不稔の蜜を摂取していたミツバチ群が、最初の失踪事件を起こしたのが20年後ということではないでしょうか。(もちろん失踪現場はタマネギの採種畑でなく、冬から春にかけての養蜂業者の巣箱置き場だったでしょう)毎年初夏だけタマネギやニンジンの採種農家に貸し出してきた養蜂業者のミツバチたちが、代々溜めてきた雄性不稔というミトコンドリア異常の蜜や花粉が、歴代の女王バチのローヤルゼリーとなって蓄積され、20年後に生まれた雄バチが無精子症のオカマになって誕生したのではないか。それに驚いた働きバチたちが、巣の未来に絶望し、100万年間変わらず無償の奉仕を続けてきた自己のアイデンティティーを失って、巣を見捨てて虚空に飛び去ってしまったということではないでしょうか。だとしたら、06、07年の20年前の1980年代にも起こっているはずですが、残念ながらその記録はありません。(註:2013/1/4にTOKYOMXTVで放映された映画『COLONY』の生物学者兼養蜂業者の証言によって、CCDに似た現象が20年ごとに起こっていたことが立証されました)
 もし私の仮説が正しければ、雄性不稔の作物がより増加している2026、7年頃にも、もっと大規模なCCDが起こるはずです。現状では、それを待つしか仮説を証明する方法がないというのは、実に残念なことです。
 WIKIPEDIAによると、CCDのような現象は、ヨーロッパでは1990年代から起こっているが、CCDと確認されてはいないようです。アメリカから雄性不稔F1技術が伝わった時期がまちまちなのと、採種規模も様々なので、ばらばらに発生しているのでしょう。2009年6月に日本農業新聞はフランスに記者を派遣し、「SOS 羽音が消える│欧州ミツバチ報告」という記事を連載しましたが、記事中では「タマネギの種生産にもミツバチは活躍する」と書かれていたり「卵産まぬ女王バチが続々」増えていることが報告されています。女王バチが卵を産まなくなっているということは、雄バチが無精子症になっているということではないかと思っていたら、翌7月の同紙には、「養蜂家人工受精を学ぶ」という記事が出ていて、日本でも自然交配では受精率が低いため、指で雄バチの腹部をしごいて刺激を与え、精液を採収して、女王バチに人工受精する方法を、玉川大学の吉田忠晴教授が実演して教えている写真が掲載されていました。世界中で雄バチの受精能力が減少しているようです。
 ローワン・ジェイコブセンの世界的ベストセラー『ハチはなぜ大量死したのか』(文芸春秋社)では、CCDの原因として、「ヘギイタダニ説」「ハチのエイズ説」「電磁波説」「遺伝子組み換え作物説」「地球温暖化説」「ウイルス説」「細菌説」「ネオニコチノイド農薬説」「抗生物質説」「単一作物ストレス説」などが詳細に検討されていますが、どれも「ミツバチから集団としての知性が失われたような」巣を見捨てていなくなる原因には直結せず、「複合的な原因」ということで検証はストップしてしまっています。これに対し私は、
1 1960年代にも起こったことがあるらしい。
2 06、07年の冬から春に起こり、その後は起こっていない。
3 働きバチのほとんどが失踪し、残ったのは女王バチと数匹(前掲書には100匹ぐらいと記載)のハチだけ。
の三点に注目し、特に「3」で働きバチに見捨てられ、残されたのが女王バチと(新たに誕生した)雄バチだったのではないかと推測して、この仮説を立てました。だから、もし残されのが女王バチと雄バチでないとしたら、それだけでこの仮説はもろくも崩れ去ることになる(かもしれない)。もし巣箱に取り残されたハチのデータをご存じの方がいたら、ぜひご教示いただきたいと思います。
 なお、この原稿に取りかかる直前、私の著書『タネが危ない』(日経新聞出版社)を読んだ読者の方からハガキを頂戴しました。「ジュディ・ダットン『理系の子』(文芸春秋社)で"リメビー"というワクチンが開発されCCDの防止に効果を発揮しているとありました(P336)。どうもウイルスが原因のようです」と。急いで同書を取り寄せると、なるほど該当ワクチンを砂糖水で薄めてミツバチに飲ませたところ、CCDの発生が止まったと書いてありました。でもちょっと待っていただきたい。確かにこのワクチンで止まったのだとしたら、07年以後大規模なCCDが起きていない理由は説明がつきます。しかし同社刊のジェイコブセンの本では、一時本命視された「イスラエル急性麻痺病ウイルス」に取り付かれたミツバチの症状は、「翅が震え、麻痺が生じ、巣のすぐ外で死ぬ」ことから、CCDと懸け離れているとして否定されていたではないですか。第一、ワクチンは人間など哺乳動物のリンパ球や白血球などの抗体に免疫力をつけるけれど、哺乳動物のような血液を持たない昆虫には、後天的に免疫力をもたらすワクチンなど存在しないはずです。いずれにしてもこの本は、いい加減すぎると言わざるを得ません。
 現在、日本では少子化が叫ばれ、ヨーロッパ、アメリカでも、無精子症男性が増え続け、人工受精によって出生率はかろうじて維持されています。世界人口が70億人に達したといい、やがて来る100億人時代に人類を飢餓から救うために、遺伝子組み換えや品種改良による増産技術を進めなければならないと言われていますが、そもそも人口が増えているのは、ヤムイモやキャッサバやバナナやヒヨコマメなど、品種改良されていない昔ながらの食糧を食べている低開発国ばかりだという事実とは矛盾しないのでしょうか。
 いま日本の農業系大学や育種機関では、あらゆる作物を雄性不稔F1にする研究が盛んです。そしてその採種は、アメリカ、ヨーロッパ、南アフリカ、南米など、世界中のミツバチに頼っています。ジェイコブセンの本によると、それらの国々のどこでも、既に一度はCCDが発生しているそうです。もしCCDが雄性不稔植物の蜜や花粉で起こったとしたら、ミツバチに起こったことは、同じ動物である人間にも起こっているでしょう。私には、子孫を作れなくなった植物が、動物にしっぺ返しをしているように思えてしかたありません。【2012.5.27記】

ことのついでに直近に書いた『船井メールクラブ』2012/4/19日付(第16号)の原稿も以下に再録いたします。
ミツバチの話の他、有機JAS法の有機種苗の問題、またTPPの問題等、広い話題に言及した32枚のTEXTです。
僕は特にタイトルを付けませんでしたが、担当者により「小さなタネを巡る大きな問題」となりました。

野口 勲「小さなタネを巡る大きな問題」

 私の店「野口種苗研究所」は、「家庭菜園のタネの店」と銘打って、固定種という、現代では時代遅れとなった昔のタネばかりを、インターネット通販を主にして販売しています。
 現在、大手種苗会社の販売種子の主流となっている「F1種」は、一代雑種と言って、異なる品種同士をかけ合わせた、雑種の一代目です。メンデルの法則により、雑種の一代目には、両親の対立遺伝子の優性形質だけが現れて、劣性形質は隠れてしまうため、一見して形状の揃った野菜が生まれます。形が均一であるということは、規格重視の市場に受け入れられる必須条件ですから、流通野菜のほとんどがこのF1種から生まれた野菜になりました。また、メンデルの法則とは別に、血筋が遠く離れた雑種同士をかけ合わせると、「雑種強勢(ヘテロシス)」という現象が起こり、成長が早まったり、大柄になったり、果実が多く付いて収穫量が増大したりします。これは農家の収入を増加させますから、プロの農家は、競って最新のF1品種を取り入れて栽培します。こうして、1960年代以後、日本で売られているほとんどの野菜が、F1品種に変わっていきました。揃いが良くなるメンデルの法則も、収益が高まる雑種強勢も、雑種の一代目だけに起こる現象で、それから採種した二代目以後は、メンデルの分離の法則で隠れていた劣性形質が出たり、雑種強勢の力も弱まるため、買ったタネと同じ野菜はできません。均一な同じ野菜を市場に出荷するためには、農家は毎年同じF1品種のタネを買わなければならないのです。こうして日本の農家にとって「タネは買うもの」となり、人類が何千年も続けてきた「自家採種」という技術は、日本の農業から失われてしまいました。
 しかし今、自家採種できる昔のタネ、私どもで売っている固定種を、再び見直さざるを得ない状況が起こっています。今年2月に有機JAS規格の改正が行われ、「4月以後、有機農産物は、タネも有機栽培されたタネを使用しなくてはならない」と決まったのです。もともと「有機JAS法」の条文にはその通り書いてあるのですが、残念ながら日本には無農薬・無化学肥料という有機栽培で採種している種苗会社がないため、有機農産物を生み出す有機栽培種子を購入することができません。(アメリカにはオーガニック・シード会社が何社かあります)そのため、これまでは「有機種子が入手困難な場合は、栽培だけ有機なら有機農産物と認める」という便法で、この条文が見逃されてきました。しかし今年度から「法の規定を厳格に適用する」ことになり、有機栽培したタネが突然必要になったのです。
 「有機JAS規格の改正」という農水省の発表は、ほとんどの有機農家にとってまさに晴天の霹靂でした。現実に販売されていないタネを使うためには、有機認証を受けている有機農家が、自分の畑で自家採種する方法しかありません。しかし日本の農家の1%が有機農家で、そのまたわずか1%だけが、固定種を使って自家採種しているというのが実状です。ほとんどの有機農家は、申請料や検査料、毎年更新が必要な確認料など、高いお金をかけて有機認証を取ったのに、栽培した農産物に有機JASマークを付け、「有機野菜」と表示して売ることができなくなってしまったのです。もちろん日本の大手種苗会社でも有機種子生産の検討を始めましたが、サカタのタネの営業本部長U氏の話によると、「有機で採種すると生産コストが20倍になるという試算が出た」そうです。(註:2012/8/24の有機種苗セミナーでこの話を披露したところ「私ではなく農水省での試算です」と、U氏ご本人から訂正がありました)有機農家が購入できる有機栽培種子が、いつから出回るようになるかはわかりませんが、出回ったとしても相当高額なものになることは間違いないでしょう。最近の『日本農業新聞』を見ると、「国は有機農業を振興する立ち場なのに、制限ばかりしている」とか、「現場の実体を何も分かっていない」とか、「規格を厳格化したことを国内外に示したかっただけだ」という有機農家の困惑の声が聞こえてきます。そしてこれは、有機農家ばかりでなく、有機野菜を販売する有機食品店にも、有機農産物を仕入れて加工している有機食品会社にも当てはまるのです。日本人の健康の砦であるべき有機食品業界は、これからどうなっていくのでしょうか?
 外国の「有機米」や「有機農産物」や「有機食品」が、この時を「待っていました」とばかり大量に輸入されて来るのかもしれません。そこで思い出されるのは、今から11年前の冬に、取材で訪ねて来られたサイエンスライター、MYさんとの会話です。
『現代農業』2001年2月号に「うちは固定種にこだわるタネ屋です」という原稿を書いた僕は、九州から訪ねて来られた当時『環境goo』ライターのMYさんを迎えました。女性と思って見くびられては困ると思われたのか、名刺交換を済ますなり、MYさんは言いました。
「私、こう見えても農水と親しいんですよ」
 農水省の官僚とツーカーの仲であることを強調するこの一言に、私はついムッとして尋ねました。
「じゃあ聞きますけど、農水は日本の農家の現状を知らないんですか? 最近出来た有機JASの認証制度は、まったく欧米の法律のコピーじゃないですか。農薬を使っている近所の畑から何十メートルも離さなければいけないとか、タネも有機でなければいけないとか、国内の現状を知っていれば、無理なことばかりじゃないですか。こんな法律を施行して、どうして農水は日本の農家の現実を知っていると言えるんですか」
 MYさんはそれにはまったく答えず、固定種とF1種の違いや、種苗会社の採種の実体など、ご自身が知りたいことの取材に入られました。そして取材も一段落した数時間後、「どうも長いことお邪魔しました」と立ち上がられてからおっしゃいました。
「野口さんの最初のご質問ですが、農水は日本の農家の現状をもちろん知っております」
 そして、驚くべき言葉を続けました。
「実は、有機JAS法というのは、アメリカの有機農産物を日本に輸入するための法律なのです」
「あ。それでわかりました。けっこうです」
 この時私は、悟りました。戦後アメリカの余剰小麦や脱脂粉乳の餌で育てられた我々敗戦国の日本人は、戦勝国アメリカに飼われている羊である。そして官僚は、牧羊犬なのだと。戦後60数年で丸々太った羊は、やっと飼い主に利益をもたらせるところまで成長したのだと。
 そして2004年11月、「アメリカで有機認証を得ている農産物は、日本の有機認証を得ているものと同等と看做し、有機JASマークを付けて売ることができる」という最初の見直しが行われ、有機JAS認証団体に多数の有機農産物輸入業者が加わりました。新幹線で「有機米使用」と表示された弁当が売られるようになり、裏には「カリフォルニア米」と表示されていました。そしてまた今回の有機JAS規格改正です。たぶん日本人の食卓には、これまで以上に有機JASマークを付けた「有機食品」が、あふれるようになるのでしょう。しかしそれらは、日本人に馴染み深いジャポニカ米やナッパなどの野菜でなく、雄性不稔(ゆうせいふねん)を利用したインディカ米とジャポニカ米のF1米(ハイブリッドライス)や、やはり雄性不稔F1のタマネギやニンジン、スイートコーンなどアメリカ生まれの農産物が、主になっていることでしょう。
 突然「雄性不稔」などという聞き慣れない言葉を出したので、首をひねられた方がいらっしゃるかもしれません。これは植物遺伝学の用語で、人間に当てはめると「雄性」は「男性」、「不稔」は「不妊」です。つまり「男性に原因がある不妊症」。平たく言えば「無精子症」のことです。アメリカで発見された植物の「雄性不稔利用技術」は、いまやF1品種作りのためのグローバルスタンダード技術なのです。
 最初に言ったようにF1種は一代雑種ですから、該当する植物を雑種にしなければなりません。自分のオシベの花粉でメシベが受精すると雑種になりませんから、花の中のオシベが邪魔になります。そのため、古典的なF1技術は、花が未熟なツボミのうちに、オシベをすべて取り除くことから始まりました。これを「除雄」と言います。オシベを取り除いておいて、裸になったメシベが成熟した時、都合の良い「優性形質」が現れて、「雑種強勢」が働くくらい遠く離れた異品種のオシベの花粉を集めて、メシベに付けてやる。こうして初期のF1品種は生まれました。しかし、毎年同じF1種を生産して販売するためには、毎年同じ花のオシベをすべてのツボミから取り除かなければなりません。これでは人件費がかかって大変です。そんな時にアメリカで見つかったのが、オシベが無いか、オシベがあっても葯が無いか、葯があっても花粉が入ってないか、花粉があっても不完全でタネを実らせる能力が無い、突然変異の個体、つまり雄性不稔株の発見でした。
 世界初の雄性不稔植物はタマネギで、1925年、カリフォルニア農業試験場のジョーンズという技師が、イタリアンレッドという赤タマネギの畑の中で、たった1株発見しました。開花していたこの赤タマネギのネギ坊主は、正常な他のネギ坊主よりいじけていて三分の一程度の大きさしかなく、花粉を持たないため子孫を作れない代わりに、ネギ坊主の中の一つ一つの小花に、微少なマイクロタマネギ=後でトップオニオンと名付けられた=を抱えていたのです。日本のネギの中にも、タネで殖えない代わりにネギ坊主に小さなネギを付けて、それが地面に落ちて次世代のネギに育つヤグラネギという種類がありますが、それのタマネギ版です。ジョーンズは、そのトップオニオンを研究室に持ち帰り、育てました。どれもやがて普通のタマネギに育ちましたが、これらのタマネギは、開花すると、どれも親と同じいじけたネギ坊主の小花にトップオニオンを持っていました。一個体のクローンですから、当然です。ジョーンズはこうして増やしたトップオニオンを育てながら、開花した異常ネギ坊主に、赤タマネギや黄タマネギ、白タマネギなど様々な品種の正常タマネギの花粉を付けてみました。すると、異常ネギ坊主のメシベは正常に働いて、様々な正常なタマネギの花粉で雑種タマネギのタネが実ったのです。しかしこのタネをまいてみると、開花したネギ坊主は、どれもいじけていて花粉を持っていませんでした。花粉を持たない「雄性不稔」という性質は、受精したメシベから子供に伝わる「母系遺伝」で、以後すべての子孫に伝わることがわかったのです。また雑種になると、トップオニオンを作る性質が消えて、花粉を持たないだけの、ただのいじけたネギ坊主になりました。
「これは、使える」ジョーンズはその後も様々なタマネギとの交配をくりかえし、1944年に、雄性不稔技術を利用したタマネギの新品種を発表しました。この世界初のF1タマネギは、赤タマネギより貯蔵性が高い黄タマネギに変わっていました。
 赤タマネギを黄タマネギに変える技術は次の通りです。
1.まず雄性不稔の赤タマネギに正常な黄タマネギの花粉を付けます。すると赤50%黄50%の雑種の子供が生まれます。この子は母親譲りの雄性不稔です。
2.生まれたこの子に、翌年また黄タマネギの花粉を付けます。すると赤25%、黄75%
の孫が誕生します。この孫もお祖母さん譲りの雄性不稔です。
3.この孫にまた黄タマネギの花粉を付けます。赤12.5%、黄87.5%の曾孫が生まれます。母系遺伝で曾祖母さん譲りの雄性不稔です。
4.翌年もその翌年もこれをくり返すと、やがて限りなく黄タマネギだけれど、曾祖母さんのそのまた曾祖母さん譲りの雄性不稔の子孫が誕生します。こうしてできた黄タマネギは固定種ですが、花粉を持たないので自分と同じ遺伝子の子供を作れません。自分の子供を生むためには、F1品種の母親役しかできないのです。
5.こうして生まれた雄性不稔の黄タマネギを畑にまき、三列に一列の割合で雑種強勢が働いて貯蔵性が高まったり、より大きく育つようになる異系統の黄タマネギをまきます。この黄タマネギは、花粉を提供する父親役をするだけですから、雄性不稔黄タマネギが受粉してタネを付けると、全部刈り取られてしまいます。実ったタネを収穫すれば、黄タマネギ同士の雑種の一代目、販売用のF1タマネギのタネの完成です。
 こうして誕生したF1タマネギは、均一の形状で揃いが良く、収穫量も増加し、なによりもいつまでたっても腐らず貯蔵性が優れていたので、アメリカの農家やマーケット、そして消費者に大変喜ばれました。こうしてアメリカの種苗会社は、以後F1品種作りのために様々な作物で雄性不稔株を探しはじめました。こうしてトウモロコシ、ニンジン、テンサイ(サトウダイコン)、ラディッシュなどで雄性不稔株という花粉を作れない個体が見つかり、F1品種が生み出されました。そしてこの流れはヨーロッパ、そして日本へと広がり、今ではF1作り技術のグローバルスタンダードになっています。(日本ではアメリカ生まれの雄性不稔タマネギ、雄性不稔ニンジンの子孫はもとより、日本で雄性不稔株が発見されたネギ、ダイコン、キャベツ、ハクサイ、ブロッコリー、シュンギク、レタス、シシトウなど様々な雄性不稔F1品種が売り出されています)
 雄性不稔F1品種は、すべて母親譲りの雄性不稔ですから、試しにスーパーマーケットで買ってきたダイコンやニンジンを庭に植えてみて下さい。冬を越すとやがて花が咲きますが、オシベが無いか、花粉を持たない異常な花が咲いたら、それが母系遺伝を受け継いでいる雄性不稔F1品種の証です。雄性不稔F1は、野菜ばかりでなく、コメやヒマワリなどにも広がっています。花粉が出ないから衣服を汚さないと消費者に喜ばれている切花用のヒマワリや、花粉症対策で全国各地で植え付けられている無花粉スギも、たった一株見つかった雄性不稔株が殖やされた結果なのは、皆さんのご想像通りです。
 昔、タネは「一粒万倍(いちりゅうまんばい)」と言って、健康な一粒のタネは、翌年一万粒に増え、その翌年はまた一万倍で一億粒、三年目で一兆粒、四年目で一京粒に増えると言われていました。それが今、一億一兆の健康な植物の中から、たった一株見つかった雄性不稔株の子孫だけが一億一兆一京と増やされて、世界中の人たちが食べている世界に変わったのです。自然界では淘汰され、消えてしまうはずの子孫を作れないという突然変異が、「自家採種されても花粉が出ないから遺伝子を盗まれない、というタネ屋の利益と結び付いて・・・。
「雄性不稔」という突然変異はなぜ起こるのでしょう。アメリカはトウモロコシの先進地で、F1トウモロコシをロシアやヨーロッパに輸出して外貨を稼ぎ、それが今の国力を築く元になったと言われる農業国ですから、トウモロコシの雄性不稔の研究が進んでいます。その研究によると、細胞内のミトコンドリアの膜の異常が雄性不稔を生んでいるのだそうです。細胞内の小器官であるミトコンドリアは、植物でも動物でも、生き物にエネルギーを与え、代謝や免疫機能を司ったり、不要になった細胞を自死(アポトーシス)に導くという、生命体を維持するのに不可欠な存在です。人間の場合、60兆ある細胞の一つ一つに千から3千あるというミトコンドリアは、その一つ一つが細胞の核の中にある遺伝子とは別の遺伝子を持ち、ミトコンドリア自身の複製を作っています。ミトコンドリアが老化すると、呼吸で取り込んだ酸素や食べ物から摂取したエネルギーを出す機能が衰え、活性酸素を出して細胞を傷つけます。細胞核の中の遺伝子本体は、活性酸素から細胞再生機能を守るために核膜で保護されていますが、ミトコンドリア内部の遺伝子は裸のため、自分の出す活性酸素で傷付いて、核の中の遺伝子より百倍早い速度で変化しているそうです。ミトコンドリア遺伝子が強いダメージを受けて大きく傷付くと、ミトコンドリア内でエネルギー生産をしている内膜と外膜という二重の膜のどちらかが異常になり、これが精子や花粉という子孫を作る機能を不完全にして、雄性不稔や無精子症を生んでいるということのようです。細胞核の中の遺伝子には、ミトコンドリアの傷付いた遺伝子に信号を送り、治す機能もあるのですが、膜が大きく変化すると、遺伝子同士のやりとりができなくなり、雄性不稔や無精子症が固定してしまうのでしょう。(あいまいな言い方ばかりしているのは、ミトコンドリアの探究がまだ始まったばかりで、はっきりしたことがほとんど分からないためです)
 また、精子のしっぽの付け根や花粉にもミトコンドリアがいて、精子が卵子に辿り着くまで運動したり、花粉管をメシベから胚にまで伸ばすエネルギーを出していますが、この精子や花粉のミトコンドリアは、卵子や胚に辿り着いて受精に成功すると、卵子や胚の中で、すぐに分解されてしまいます。人間の大きさに拡大すると、精子の運動量は100kmという長い距離を全力疾走するのに匹敵しているそうですから、これだけ膨大なエネルギーを出した精子の百個前後のミトコンドリアはへとへとで、活性酸素を出して自らの遺伝子を傷つけているかもしれません。壊れたミトコンドリア遺伝子が子供に受け継がれると、健康な子孫が生まれません。だから受精に成功すると、卵子や胚の中で精子や花粉のミトコンドリアは分解されてしまうのだそうです。従って、子供には母親のミトコンドリア遺伝子しか受け継がれません。どんな人間も植物も、体重の十分の一に相当するという大量のミトコンドリアは、すべて母親のものしか持っていないのです。これが雄性不稔=ミトコンドリア遺伝子の異常=が母系遺伝する原因です。人間や動物は雌雄異体ですから、無精子症の男性は子供を作れません。ですから人間の無精子症は子供に遺伝しません。しかし多くの植物は雌雄同体ですから、花粉を作れないオシベを持ったメシベは、人間が与えた花粉を作れないというミトコンドリア遺伝子の異常を、すべての子孫に母系遺伝で伝えてしまうのです。
 こうしてアメリカで発見された雄性不稔の植物=野菜や米などの食べ物=が、タネ屋の手によって世界中に広まり、世界中の人間が雄性不稔の植物を食べる時代になりました。この流れは今現在も加速しています。例えば、つい先日うちに来た農大の先生は、大学院の研究生に頼まれて、店内にあるアブラナ科の野菜のタネを全種類買いに来たのですが、その理由は「雄性不稔を出現させる実験のため」でした。その先生によると、本来近親婚を嫌い、自分の花粉ではタネを付けないアブラナ科植物の、ある品種のカブに、ツボミ受粉で無理矢理自分の花粉を付け続けて、同じ個体のクローンを何世代も生み続けたところ、遺伝子が単純化した(これをホモ化といいます)そのカブから「ある一定の割合で雄性不稔株が生まれた」と言うのです。どうも、どんなアブラナ科野菜で雄性不稔が出現するか、固定種のタネだけを売っているうちのタネを買って、雄性不稔の出現率を追試してみるということのようです。なるほど、雄性不稔の個体を見つけ、それを増やして母親株にすることが現代のF1品種作りの基本ですから、まだ偶然の発見に頼っている雄性不稔株を確実に生み出す方法が見つかれば、育種学会にとっては大発見です。すべてのアブラナ科野菜で雄性不稔という突然変異が起こる原因が解明されれば、その大学院生は間違いなく農学博士になれるでしょう。その技術で特許を取得したり、花粉が出ない植物を作る特許を手みやげに、遺伝子組み換え最大手のモンサントなどの巨大種苗会社に、高給で迎えられるかもしれません。研究室の学生を気づかってあまり詳しく語りたがらないけれど、私のような種苗業界の人間にこの大発見の予兆を話したくてしかたないようなこの先生に、私は以前から持っていた雄性不稔に対する重大な危惧を話しました。それは、雄性不稔というミトコンドリア異常の植物を食べ続けて、動物のミトコンドリアが異常にならないか?という単純な疑問です。
 食べた物は、腸の中で低分子のアミノ酸にまで分解される。分解されたアミノ酸は、腸壁から血管を通って各細胞に運ばれる。そしてミトコンドリアによって生体のエネルギーなって消費されたり、核の中の遺伝子によって高分子の様々なタンパク質に組み立てられ、また新たな人体の部品になっていく。だから遺伝子が組み換えられた植物を食べても、組み換えられた遺伝子は高分子のタンパク質なのだから、いったん低分子のアミノ酸にまで分解された以上、組み換えられた遺伝子がそのまま人体に影響するはずがない。これは「DNA(遺伝子)のセントラルドグマ」と言い、遺伝子組み換えに味方する人たちが必ず口にする言葉です。これが真実なら、ミトコンドリアの遺伝子が異常な植物を食べ続けても、動物のミトコンドリアがその影響を受けて異常になることは、絶対ないはずです。でも、現実にははたしてどうでしょうか。かつて狂牛病が大きな社会問題になった時、発祥地のイギリス政府は、DNAのセントラルドグマを理由に「狂牛病の牛の肉を食べても、人間が狂牛病になることは絶対ない」と言い続けていました。しかし今では、プリオンという牛の異常なタンパク質を食べた人間の脳が、プリオンと同じ異常なタンパク質の構造になり、狂牛病と同じ症状を現わすことを誰でも知っています。理由と機序は解明されていなくても、牛の狂牛病が人間にも伝染することを、牛の異常タンパク質が、人間にも同じ異常タンパク質となって現れることを、原因と結果が明らかにしているのです。
 農大の先生に、私は2007年にアメリカで起こった西洋ミツバチの大量失踪事件、蜂群崩壊症候群の話をしました。アメリカでは、グレープフルーツやアーモンドなど、果実の受粉に使われるだけでなく、タマネギやニンジンなどのF1種子の採種にも大量の西洋ミツバチが使われています。もちろん雄性不稔で花粉を持たない母親株に、花粉の出る別品種の花粉を付けて受精させるためです。果樹園の場合は1ha(ヘクタール)にミツバチの巣箱一つが標準だそうですが、地上に密生して咲いている野菜の場合は、10a(アール)に1箱の巣箱を置くそうです。アメリカの単作(モノカルチャー)農業では、一軒の採種農家の畑の面積は広大です。数百haから千haは普通です。10aに巣箱一つなら、100aに巣箱10です。100aが1haですから、10haなら100です。100haなら1000で、1000haならなんと1万箱になります。一つの巣箱には、春の巣分かれ直後には約2万匹、冬の巣分かれ直前で約5万匹のミツバチがいますから、夏のタマネギやニンジンの開花期なら少なめに見積もって約3万匹ぐらいでしょうか。1000haの採種農家の畑には、養蜂業者が置いている1万箱の巣箱から出た3億匹のミツバチが群れ飛んで働いているのです。もちろんすべてメスの働きバチたちは、雄性不稔の花に花粉を付けるために働いているのではありません。花粉のでない花の蜜を集め、花粉の出る花の花粉を集めて、多くの働きバチの幼虫や、数匹うまれるオスバチの幼虫、それに蜜や花粉に体内の成分を加えて作ったローヤルゼリーを与えられて、女王バチになる運命が決まったメスバチの幼虫を育て、巣の次世代を育てるために働いているのです。ミツバチの進化は、百万年以上前に完成しているそうです。全員メスの働きバチたちは、百万年以上長い間、ずっと未来の子孫のために、無償の奉仕を続けているのです。
 ところが、あろうことか2007年の2月、巣分かれを間近に控えた5万匹の働きバチたちが、ある日一斉に巣から飛び立ったまま帰って来なかったというのです。巣の未来を引き継ぐはずの女王バチと数匹のオスバチを残したまま。新聞報道によると、この年、全米に240万群(箱)いたミツバチのうち、80万群つまり全米三分の一のミツバチの巣箱から働きバチが消えてしまったのだそうです。新聞には、1960年代にも同様の事件が起こったことがあるらしいと書かれています。たぶんその時はずっと小規模だったので、一部の養蜂業者の記憶に残るだけで、マスコミも騒がず、一般のアメリカ国民の話題になることもなかったのでしょう。また2006年から2007年にかけて起こったこの事件以後、蜂群崩壊症候群は起こっていないらしく、まったく報道されることのないまま、現在に至っています。これはいったい、何を現わしているのでしょう。
 私の仮説はこうです。種苗会社にF1野菜のタネの採種を委託されている採種農家は、当然毎年同じ養蜂業者と契約して、ミツバチの巣箱を置いてもらっているでしょう。同じ養蜂業者が持って来るミツバチは、同じ先祖の女王バチから生まれた同じ子孫の一族でしょう。雄性不稔の蜜や花粉を与えられて育った女王バチに代々蓄積されたミトコンドリア異常がある時顕在化し、無精卵から生まれて、母系遺伝するミトコンドリア遺伝子だけでなく、核の遺伝子も女王バチの遺伝子しか持たないオスバチが全員、ある日オカマの成虫として蛹から孵化したのではないか。本能に基づいて未来の子孫のために百万年以上同じ奉仕を続けてきた5万匹の働きバチたちは、無精子症のオスバチが誕生したことで群れに未来が無いことに気付いて動転し、奉仕というアイデンティティを失って、子孫が生まれない巣箱を見限って次々と飛び去ってしまったのではないだろうか。もちろん同じ巣箱で誕生した女王バチとオスバチという兄妹は絶対交尾をしない(註:らしい)のですが、別の巣箱の女王バチとオスバチという従兄妹同士では交尾をするのですから、同じ養蜂業者が所有する一族から未来が失われたことには変わりがないのです。
 1940年代に雄性不稔F1のタマネギが始めて売り出され、1960年代に小規模の蜂群崩壊症候群が起こったということは、雄性不稔植物の食事を与えられて育った女王バチが、無精子症のオスバチを生むまで20年かかったことになります。働きバチの寿命は1年だけれど、女王バチの寿命は2年だそうですから、10世代の女王バチに蓄積された植物のミトコンドリア異常が、20年目の一族の複数の巣箱に、無精子症のオスバチを誕生させたのでしょう。だとしたら、1960年代から20年後の1980年代にも、小規模な蜂群崩壊症候群が起こっているはずですが、残念ながら日本の新聞報道からはその事実はみつけられませんでした。もしこの仮説が真実だとしたら、きっと2007年から20年後の2027年前後に、もっと大規模な蜂群崩壊症候群が起こるはずです。その時は、全米のミツバチの巣箱の半分以上で、蜂群崩壊症候群が起こるでしょう。と、私の仮説を聞いた農大の先生は、
「衝撃のお話です」と、唸ったまま帰られました。タネの関係者同士でも、視点が違うと見えるものが違うという、当たり前の話です。
 さて、ミツバチで起きていることは、同じ動物の人間にも、きっと起こるでしょう。
 1944年には精液1cc中に1億5千万いた精子が、現代人では4000万以下になっているそうです。なんと約四分の一です。これも1940年代から増え続けている、雄性不稔のF1植物ばかり食べているせいではないでしょうか。草食系男子が流行語になり、性に淡白な、セックスアピールの無い若者が増えているのも、F1タマネギのオニオンスープや、タマネギをはさんだハンバーガーや、タマネギだらけの牛丼や、オニオンスライスのサラダばかり食べたり、野菜は健康にいいからと、F1ニンジンのジュースばかり飲んでいるせいではないでしょうか。世界人口が70億人になった。やがて100億人になる。そうなった時に、飢えを地上からなくすために、遺伝子組み換え植物やさらなる増収のための品種改良が必要だと声高に叫ばれていますが、人口が増えているのはイモやバナナ(バナナにタネが無いのは、花粉が無い雄性不稔のためではなく、タネが成熟しない三倍体植物だから)などの栄養繁殖植物や、昔ながらの固定種のトウモロコシやアワやヒエ、マメなどを自家採種しながら栽培して食べている、第三世界の人々ばかりではないですか。タキイ種苗の採種農家に行ってみたら、「F1キャベツのタネを採るパイプハウスに野生のサルが入ったけれど、食べられたのは花粉が出る父親役のキャベツの葉っぱだけで、花粉が出ない母親役の雄性不稔株にはまったく手を付けなかった」と言っていた。「野口さんのニンジンのタネをまくと野ネズミがかじって困るけれど、タキイの雄性不稔F1ニンジンは、ネズミがかじらないので助かる」と農家に言われたこともあった。野生動物には、食べてはいけないものが、きっと分かるのだろう。
 EUに負けない地域経済圏を作ろうと、アメリカのお先棒かついでTPPだ、自由経済圏だと、政治家や官僚は言っているが、ユーロは破綻してるし、EU加盟国の国民は、国が認可した種苗会社のタネしか買うことができない。自家採種したタネを人に譲ると、逮捕投獄されるという始末。アメリカの国民も、制定された食品安全近代化法で、先祖がヨーロッパから持ってきたお宝野菜のタネを、自家採種して持っているだけで犯罪者になる日が来ると騒いでいる。自由経済圏という絵からは、国を牛耳る企業が政治家や官僚と結託して個人の自由を取り上げ、外国と決めたルールで支配しようとする構図しか見えて来ない。品種改良したタネで世界経済を底上げし、食糧生産のキーマンとなることで人々を依存させ、存在感を高めつつ実利を得ようとする企業と、自分のからだを作る食べ物のタネだけは他人任せにしたくない自由人との戦いが、いままさに始まっているのだ。子孫にとって、人類にとって、またあらゆる生き物にとって、どちらが明るい未来の火をかざしているのか、答えは自明だと思うのだが、人をルールに従わせる道しか見えないアングロサクソンや政治家や官僚には、混乱としか認識できないようだ。彼等が信じる一筋の道が、世界中の誰一人望んでいない未来だと、教えてやる方法は、無いものだろうか。 【2012.4.12記】


〒357-0067 埼玉県飯能市小瀬戸192-1 野口のタネ/野口種苗研究所 野口 勲
Tel.0429-72-2478 Fax.0429-72-7701  E-mail:tanet@noguchiseed.com


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