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交配種(F1)と固定種の作り方【3】

3.交配種の作り方


交配種は、一代雑種という本来の名称のとおり、「雑種強勢」という生命が持つ不思議な仕組みによって、雑種一代目の子に限って、異なる両親の優性因子だけが現れ、均一で強い性質を示すという現象を利用した育種法です。両親の距離が遠いほど雑種強勢は顕著に現れます。優性因子だけが現れるのはその子一代限りですから、交配種から種をとっても同じ作物はできず、それどころか、孫の代には陰に隠れていた両親の劣性因子が顔を出して、外観も食味もバラバラになってしまいます。従って、交配種でできた作物が気に入った人は、以後毎年その種を、メーカー言いなりの値段で、買い続けなくてはなりません。

ヒット品種を生み出せば、何十年も利益を約束してくれる交配種は、メーカーのドル箱です。従って、現在種苗メーカーは、ありとあらゆる作物を交配種にするための努力を重ねています。数年前には無理と思われていたキク科やマメ科の植物まで、交配種にできるメドがついています。これは、雄性不稔因子の利用とか、遺伝子組換え技術という科学の発達によるものですが、ここではそれら最新テクノロジーの前段階で、日本の種苗メーカーが独壇場としてきた「自家不和合性」利用の交配種作成法を踏襲してみましょう。

カブも小松菜もアブラナ科です。(元々小松菜の祖先は、ある種のカブから別れたのだろうと言われています)アブラナ科野菜は、自家受粉をくり返すと「自家不和合性」と言って、自分の花粉では受精しなくなる性質があります。(近親結婚を続けていると子供が生まれなくなるようなものです)

「小松菜カブ」を交配種として育てる場合、この雑種の生みの親となった両親であるカブと小松菜を、完全な純系(homo)にして、自分の花粉では種が実らないよう、自家不和合性を発現させるための自家受粉をくり返す作業をしていきます。
まず必要なのは自家不和合性を持たせるべき両親の選択ですが、「小松菜カブ」の場合、カブの採種畑に飛び込んだ小松菜の花粉によって生まれたことがわかっていますから、純系のカブを種を実らせる母親として育て、純系の小松菜を父親役(花粉親)にすればいいわけで、この選択は簡単です。(母親も父親も育て方は同じで、最後の採種時にどちらを残すかだけの違いです)

偶然の交雑でできた「小松菜カブ」から採れた種をまき、固定種の時とは逆に、雑種はすべて捨て、最も純系のみやま小カブと、純系の小松菜と思われる株を選び、隔離して育てます。それぞれの菜の花が開花する前に人為的に蕾を開き、自分の雄しべの花粉で雌しべが受精するよう、花粉を付けてやります。
小さな花ですから、毎日細かい作業で大変です。受粉した花には、万が一他の菜の花の花粉が飛び込まぬよう、袋をかぶせます。こうして菜の花の季節は、来る日も来る日も自家受粉をくり返します。
何年か自家受粉をくり返されたカブと小松菜には、「自家不和合性」が生まれ、開花しても、自分の花粉では受精しない=種をつけない=ようになります。これで両親が完成します。

完成した両親の種を、畑に並べてまきます。自分の花粉では受精しないカブと、同じく自分の花粉では受精しない小松菜が育ちます。
やがてまた菜の花の季節になり、ハチやアブが菜の花の蜜を求めて飛び回り、花々を受精させてくれます。こうしてできた種は、自家受精しなくなったカブと小松菜ですから、カブの母親(雌しべ)に小松菜の父親(花粉)がかかったものと、小松菜の母親(雌しべ)にカブの父親(花粉)がかかったものの二通りです。が、本来必要なのは、カブの母に小松菜の父だけですから、小松菜(♀)にカブ(♂)がかかったものは要りません。ですから、種の受精が確認された段階で、小松菜(♀)の方は、すべて踏み潰してしまいます。

こうして、目的の「F1小松菜カブ」の種が採種できました。一代限りの F1 の特徴として、双子のように揃いがよく、雑種強勢効果で生育旺盛。初めて小カブの採種畑に出現してぼくを驚かせた当時そのままに丈夫で、葉軸も太くガッシリしてるから、カブ洗い機の噴流にかけて束ねても葉が折れず、スーパーの店頭での日保ちも見栄えも抜群。農家に自家採種されても、次の代には隠れていた劣性遺伝子がワラワラ出現して、育ちも形状もバラバラになってしまうから、種は毎年買ってくれるし、めでたしめでたし。

…って言っても、実は大きな問題が残っています。それは、元になる両親を維持するのに、半端じゃない手間ひまがかかること。
大量に販売種子を採るためには、大量の両親の種が必要です。それらは「蕾受粉」でしか実らなくなっていますから、膨大な人手を雇って、蕾をピンセットで開いて雄しべの花粉を雌しべに付けてやらなくてはなりません。こうして大量に親を作っても、採れた種が思っていたほど売れなかったりしたら、何年もかけて投下した金は羽が生えたように消えてしまいます。
今回は幸い「みやまカブ」にかかった「小松菜」という、両親が決まってるものだったからまだいいけれど、両親探しから始めるとなると、膨大な品種の組み合わせの試験交配から始めなければならない。両親を特定するだけで何年もの時間と、のべにして何百人もの人手を要することになり、もしかすると、それだけで億単位のお金がかかるかも知れない。交配種時代になって、採種事業が大手メーカーの独壇場になったのは、品種集めと試験交配という初期投資に、大金が必要だからなんですね。
幸い「交配種は高価なもの」「種は高くても買うもの」という認識が定着したから、値段だけは言い値でつけられるけれど、このご時世、経費を減らさないことには利益を増やせないんですよね。

と、言うわけで、
「採種は海外のブローカーに任せることにしよう。昔は怖くて F1 を海外生産するなんて考えられなかったけど、トップのタキイさんが始めて、あれだけ利益を出しているのだから、やらない手はないよなあ。ただ、目が届かなくて、小松菜の♀のほうをブルで潰さずに、必要なカブの♀の方を潰してしまったら、全然違うものができちゃうから、もし産地に損害賠償でも要求されたら、うちが潰れちゃうなあ。よし、よそと同じように、入荷してきた年はすぐ売らずに、1年試作してみて、交配ミスがないかどうか確認したものだけを売ることにしよう。種の寿命は1年縮むけど、かえって残った種を翌年使おうという気も無くなるだろうからちょうどいいか」(笑)

と、まあこんなところが現状のはずなんですが、最近はまた新たな動きの胎動を聞きます。
今話題の、遺伝子組換えによるアブラナ科の育種…。
自家不和合性の出現まで、何年も蕾受粉をくり返すなんて、時間も人手も無駄な話。動物の遺伝子を植物に組み込むことだってできるんだから、他の植物で見つかった「雄性不稔因子」を、母親に組み込んじゃえば、自分の花粉は受精能力を持たない片輪なわけだから、そばに目的の父親(花粉親)株を植えておけば、何もしなくったって、F1 ができるじゃないか。ついでに除草剤耐性因子をマーカーとして組み込んでおけば、芽生えた時に除草剤をかけてみれば、組み込めたかどうかの検証も早くできるし、ついでに小児アレルギーなんかの原因物質を無力化する遺伝子を組み込めば、健康にもいいと宣伝できて、遺伝子組換え反対運動の気勢もそげるし、一石三鳥。 と、いう思惑。既にT種苗では、カブや小松菜と同じアブラナ科で、雄性不稔と除草剤耐性因子を組み込んだブロッコリーやカリフラワーの遺伝子組換え体の解放実験を始めているそうだから、あまり遠い未来の話じゃないんですね。これが。
(気付いたら農水省のホームページから上のページが消されていたので、保存しておいたものを当店のページにコピーしました。[2006.5.22])

[ひとりごと]
上でつい言及してしまったけれど、遺伝子組換えによる育種は、まだ僕は全然理解できておりません。

この後、いろいろな野菜の交配種作りの歴史を辿りながら、雑種強勢を知り、トマトなどナス科野菜の
人工受粉で始まった一代雑種作りが、アメリカではトウモロコシやホウレンソウなどの除雄栽培方法で
大成功し、日本人は器用な手先でアブラナ科の自家不和合性利用を開発し、やがてニンジンやタマネギ
などの突然変異株から見つかった雄性不稔因子を踏み台に、交配種作成方法は遺伝子組換えにいたる。
という図式で、育種の歴史を俯瞰するするつもりでいたのですが、そんな単純な構図のわけなかった。

1994年、世界で最初に登場した遺伝子組換え野菜は、交配技術としては既に完成済みのトマトだから、
交配種拡大の動きと連動していない。大体F1は、親と同じものができない点が製造者メリットだけれど、
遺伝子組換えの大豆やトウモロコシは、花粉が飛散しただけで、外部に大事な遺伝子を放出してしまう。
独占を守るのに法や罰金に頼ろうとするほど、遺伝子組換えという技術は方法論として杜撰とも言える。
まあ、種苗メーカーにとって、今までの不可能を可能にする、魔法の手段には、違いないわけですが…。

続けて書くつもりだった「交配種のいろいろ」は、もうちょっと勉強して、頭を整理してからにします。
2003.8.30


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